私は、高校時代にボクシングに出会って以来、約60年間、拳闘一筋の人生を歩んで参りました。
 メルボルン五輪出場後は、2度の世界挑戦を経験。引退後、すぐにジムを開設し、5人の世界チャンピオンを始め、数多くのチャンピオン、新人王を輩出することができました。
 これも私の現役時代より応援いただいた様々な方々、ボクシングファン、後援会の皆様、そして選手、スタッフたちのおかげと、心より感謝する次第でございます。
拳闘以外何も知らない私ですので、ご恩返しはボクシングでしか行なうことが出来ません。齢70過ぎの老骨に鞭打って、何としても6人目の世界王者誕生を実現したいと思っております。
引き続き、皆様のご支援、ご協力をお願い申し上げます。


米倉健司氏の略歴及び戦績

ヨネクラボクシングジム 会長
元全日本ボクシング協会 会長
現全日本ボクシング協会 常任相談役

昭和 9年 5月25日 福岡県直方市に生まれる
昭和28年 福岡県立福岡高等学校卒
昭和32年 明治大学経営学部卒
昭和31年 アマチュアボクシング全日本フライ級チャンピオン。
メルボルン五輪に日本代表選手として出場。準々決勝で惜敗。
昭和32年 アメリカ・シアトルで行われた世界ゴールデングローブ大会に日本代表選手として出場
昭和33年 プロボクサーに転向。
昭和34年 日本フライ級チャンピオンとなり、8月世界フライ級タイトルマッチで、チャンピオンのパスカル・ペレス(アルゼンチン)に挑戦したが惜敗。
昭和35年 レオ・エスピノサ(比国)に挑戦し、東洋バンタム級チャンピオンとなる。5月、世界バンタム級タイトルマッチで、チャンピオンのジョー・ベセラ(メキシコ)に挑戦したが惜敗。の後、東洋バンタム級タイトルを5度防衛の偉業を成す。
昭和38年 現役生活を退き、同時にヨネクラボクシングジム開設。
平成 7年 3月29日 文部大臣よりスポーツ功労賞を授与される。


 現役時代はアマチュア、プロを通じ、東京ボクシングライタースクラブに依り選定される技能賞なる栄誉に3度輝き、定評ある技巧派としてリングで活躍。引退後はヨネクラボクシングジムを設立し、若いボクサーの育成指導に専念。柴田国明、ガッツ石松、中島成雄、大橋秀行、川島郭志などの5名の世界チャンピオンを育て上げたのをはじめ、東洋チャンピオン5名、日本チャンピオン26名、他に新人王は33余名の多くを育成した実績とその手腕は、まさに日本一のチャンピオン・メーカーとして内外に高く評価されています。また平成7年3月には、永年のプロボクシング界向上発展への貢献を称えられ、与謝野文部大臣よりスポーツ功労賞を授与されました。